− もう1つの『弾幕』 −   

      東方Project 技巧系ピアノアレンジ


試聴クロスフェード


再販決定しました!

トラックリスト

 1.美鈴のためのトッカータ

 2.フラワリングナイト

 3.メイドと血の懐中時計 

 4.ルナ・ダイアル

 5.春の訪れは御札とともに

 6.幽霊楽団(第2稿) 

 7.幽雅に咲かせ墨染の桜

 8.懐かしき東方の血 

 9.瀟洒なスケルツォ

10.東の国の眠らない夜  

11.ブクレシュティの人形師 

ブックレット表紙・インレイ:弘世
altneuland
ブックレット裏:影鈴

解説寄稿

影鈴:

ようかアレンジの特徴はやっぱり和音でしょうか.ぬぁっと抵抗ある音,気づかずつるっと飲み込んでしまう音様々ながら,実際弾こうとすると,一筋縄ではいかない異端和音の嵐.しかし一度聞いてしまうともぅそれなしではモノ足りない.魔性ですよ.(中略)そしてピアノの音だけでえろ〜すとかやわらかさとかを表現しちゃうのです.

 サークルPYS/Special Adviser

(CDブックレットより一部引用)


あかみ:

    ピアノ弾きへの11通の挑戦状

超絶技巧系ピアノ編曲というジャンルがあります.

元々はクラシック音楽の世界,それも20世紀初頭に「演奏家」と「作曲家」の分離が進む以前に爆発的に花開いたジャンルです.貢献者の名前を探ってみると,あの「ピアニストの王者」ホロヴィッツや,さらに歴史をさかのぼればロシアピアニズムの巨人ラフマニノフ,現代ピアノ書法の祖とも言えるリストといった音楽史上のビッグネームの数々を見つけることができます.

ホロヴィッツの死,そして演奏家と作曲家の分離とともに半ば忘れ去られていたこういった編曲は,日本国内では夏井睦氏をはじめとする多くのピアノマニアたちの活躍によりこの10年ほどの間に急速に認知度が高まりました.

夏井氏は一般的には「消毒をしない」傷の治療の提唱者として知られていますが,ほんの数年ほど前までは国際的に知名度の高いピアノマニア,そして編曲モノ中心の楽譜オタクとして知られていました.実際,「夏井氏が楽譜を持っていたことでCDリリースにこぎつけた」という企画はCD1枚や2枚ではきかないとさえ言われており,たとえばスウェーデンのCDレーベル"BIS"からリリースされた「Got a minute?」と題されたCDなどがその良い例とされています.

そして,世の中に面白い音楽ジャンルがあれば,それはいつか同人音楽へ流れ込んでくるのが世の常.2000年ごろから,同人音楽でも超絶技巧系ピアノ編曲ジャンルに属する作品が出現しはじめました.最初期の超絶技巧系ピアノ編曲作品といえば,同人ゲームサークルEMBRYOからリリースされた2枚のCD-R作品"Hammerklavier" "Virtuoso",そしてその総集編とも言えるプレスCD作品"EMBRYO Piano Works"が有名です.収録されていた作品のうち,「アトラク=ナクア幻想曲」は,同人音楽作品としては例外的なまでに長いスパンで愛され,言及され続ける(初発表から,二次元演奏会で初演されるまで4年以上!!)作品となりました.

そして,流れは2005年にリリースされた東方アレンジCD"Reverie"でその一つめの頂点を迎えます.Reverieには,4曲の超絶技巧系ピアノ編曲作品が収録されていました.私(あかみ)の作品が1曲,弘世さんの作品が1曲,そしてようかさんの作品が2曲です. この時点では,まだ超絶技巧系ピアノ編曲は「単に音が多いだけのピアノアレンジ」の領域から本質的な意味で脱出することは困難な状況でした.本質的に「困難に挑む演奏」を要求するこれらの作品はその難易度ゆえに実際に演奏できる人は極めて限られていたわけで,「演奏」という営み自体が含む創造性は打ち込みによる音楽ではさほど高度には発揮できないことをあわせて考えると,「ピアノアレンジである意味を問う」ことは原理的に容易ではない時期が続いていました.その結果,ごく最近まで幅をきかせていた「ピアノへの音色アレンジ」と呼ばれる種類の作品が量産されていたわけです.

多くの同人ピアノアレンジと違って,いわゆる「超絶技巧系ピアノ編曲」にはほぼ最初の段階から完全な楽譜がありました.このことが,ジャンル全体の進む先を他の同人音楽と異なるものにしました.たとえば,演奏会イベントでの公開初演が行われたことは一つの重大なトピックでした.2004年12月,2005年5月と続けて開催された葉鍵系演奏会イベント"First Sounds"でK.Kuroyaさんの作品が1曲,ようかさんの作品が1曲公開初演されましたが,その流れの一つの頂点としては2006年3月に開催された「二次元演奏会」があります.その場では,2005年までの同人音楽フィールドにおける「超絶技巧系ピアノ編曲」の歴史が概観され,めぼしい大曲がすべて初演されるという事態に至りました.その結果として,事実上演奏不可能と言われ続けてきたK.Kuroya氏の最高傑作「ピアノソナタ AIRの回想」「アトラク=ナクア幻想曲」でさえ演奏可能であることが知られ,超絶技巧系ピアノ編曲は「ピアノによせた夢を描く」ものではなく「実際に演奏されることを大前提に書く」ものへと変容しました.このときをもって,「演奏」という音楽に欠くことの出来ない営みが超絶技巧系ピアノ編曲に注ぎ込まれたことになります.

ようかさんの作品は,こういった流れの先端に位置しています.いまのところ超大曲の類こそありませんが,公開されている多数の作品は一部の例外を除いてどれも高難易度〜超高難易度の作品です.そして,どの曲も演奏者への要求が厳しい一方,実際に弾いてみると演奏効果はとても高いような曲ばかりです.さらに言えば数少ない例外的な中難易度以下の作品であっても,演奏効果はすべてとても高いものになっています. 世の中にはただ難しいだけで実際に演奏すると効果が全然出ないような曲もありますが,そういった曲と比較するとようかさんの作品はすべての作品が演奏しがいのある曲だと言うことができます.

ここに,ようかさんの手によって11曲の東方系超絶技巧編曲作品がまとめて提示されました.一人のピアノ弾きとして評価させていただきますと,これら11曲は同人系ピアノ弾きへ贈られた最上の挑戦状と言えます.

同人超絶技巧系ピアノ編曲では多くの編曲者がドイツ〜ロシアを中心としたロマン派系の作曲家の作風に則って作品を仕上げているという現状があります.しかし,ようかさんの場合は(他の編曲者と大きく異なる点ですが)フランス系の音楽の強い影響を受けています.具体的に言えば,二次元演奏会カタログでも言及しましたが,ようかさんの作品はドビュッシーに代表されるフランス印象派音楽の強い影響の下にあります.

その結果,ようかさんの作品では「音を溶かしたような」急速な,かつ複雑な分散和音によるテクスチュアが全曲にわたって支配的となることがしばしばあります.そうでなくても,たとえば4度の平行(ド・ファのような和音が平行して進むこと:ドイツ〜ロシアの古典的な和音では禁忌でさえある)はほぼ全作品にわたり効果的,かつようかさん独自の音色を生み出すために強い意味合いを持つ音となっています.

具体的な作品にも触れておきましょう.
全曲を解説してしまうのも無粋なので,特に言及すべき要素のある作品や過去の演奏会で初演された作品を中心に解説することにします.
まず1曲目.このCDは,いきなり超傑作「美鈴のためのトッカータ」ではじまります.まだ公開初演はされていない作品ですが,おそらく本CD以前に公開されたようかさんの作品の中では最高傑作と言えるものです.特に,1:26〜から始まる一連のパッセージは,過去のありとあらゆる同人ピアノ音楽でも1,2を争う「弾いていて楽しい」演奏効果の高い部分です.

2曲目は「フラワリングナイト」.二次元演奏会のアンコールで初演されましたが,原曲以上に飄々とした雰囲気が美しい曲です.楽譜も公開されており,比較的弾きやすい作品なので「東方曲をピアノで弾いてみたい」方にとってもおすすめできる曲です.

3曲目「メイドと血の懐中時計」は比較的地味な曲ですが,実のところ「真のようかワールド」と言えるような独特のものを多く含む曲です.たとえば,第3曲冒頭や1:10〜といったところで溶けあった和音がもたらす空気は,ようかさん独自のものです.

4曲目「ルナ・ダイヤル」はようかさんにとっては最初期の作品にあたります.フランス系の音色美よりも,「美鈴のためのトッカータ」に通じるような小気味の良い運動性を楽しめます.

5曲目「春の訪れは御札とともに」は,二次元演奏会で完全版が初演された他,難易度を落としたバージョンがようかさんのサイトで公開されており東方まんがまつりで初演されました.「美鈴のための〜」を頂点とする前期の作風から,たとえば「メイドと〜」のような独特の空気感を特徴とする後期の作風へと移り変わる推移点に位置する作品です.

9曲目「瀟洒なスケルツォ」は,同人音楽では比較的珍しい「無限回転系の3拍子作品」です.同人音楽で3拍子といえば志方あきこさんという声も聞こえてきますが,民族系(「剣と魔法のファンタジー」幻想系含む)音楽と全く無縁なところからやってきたようかさんの無限回転系3拍子作品はまた独特の趣を持ちます.ヘンゼルト「もし私が鳥だったら」(クラシック作品)や,志方あきこ「謳う丘」あたりの音源をお持ちなら聴き比べてみるとおもしろいかもしれません.

決して弾きやすいとは言えない11曲ですが,どの曲もきわめて高い演奏効果があります.もしも演奏できるだけの腕前をお持ちなら,同人系演奏会やピアノオフ会などへ持ち込む分にはどの1曲も最上のアンコールピースになると思われます.何らかの形で楽譜をリリースされる予定もあるようですし,このCDに収録されている全曲を現実のピアノで弾いて楽しめる日が来るのはとても楽しみなことで.

 萌えさいと。/ピアノ演奏家,作編曲者

(FirstSound,二次元演奏会など多くの生演奏に出演
 代表作に"voyage into a cage...","CLANNADの主題によるソナタ"等)